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竹林のゆとりブログ

山奥で生活し、日々の思いをつらつらと書くブログ。 IT、数学、アニメなど。

傷物語読みなおしてみた

昨日の記事の通り、傷物語を読みなおしたので、その考察です

読んだ感想

面白い!!!!

阿良々木暦、羽川翼、キスショット、忍野メメの4人が本当にいきいきと動く。
やっぱり、物語シリーズはこうだよなって思うストーリ展開。

意味の分からない会話をしながら、なんとなくわかるような話の中で進むストーリ。 ひとつひとつのセリフ回しの魅力と全体のオチに対する納得感。

西尾維新らしいわけのわからなさがありながらも、読みやすく万人向けな構成で、 誰にでも勧めたくなりました

映画との比較

小説と映画を比べながら、どうして、こんなに良く感じたのかを考えてみます

話のつながり

映画だと会話以外のシーンが飛ばされていて、足りないと感じていましたが、 会話のシーンも相当飛ばされていることが発覚。

主人公が人間強度の話をしながら、ひねくれて羽川さんと遊ぶところが全然足りなかったり。

忍野メメの怪しさがにじみ出る主人公との会話シーンもなかった気がする。

もちろん、主人公がエロ本を買いに行くところや、吸血鬼ハンターと出会うまでのモノローグも全然なかった。

この間に会話の移り変わりと同時にこの世界の世界観を固定してると思うんだけど、それが足りないせいで、こいつら何考えているんだっけ?ってなったんだと思う。

樹になりたい

特に欲しいと思ったシーンその1
喋らなくてもいい、動かなくてもいい、と面倒を避けたがるを人は無機物になりたいんじゃないの? 樹になりたいなんて意外だねって話。 樹になりたいという、主人公の考えは後で意味を持つし、 つっこみ自体が視点の広さを感じさせるもので、羽川翼がただ知識があるだけじゃなくて、頭の回転が早いんだなと感じさせるシーンなので、必要なシーンだと思うんだけどな。

すっげぇいい奴じゃん

特に欲しいと思ったシーンその2
会話の最後で、ただかわいいだけじゃなくて、主人公が羽川翼をいい≒正しい存在であると認識したシーン。 ここで阿良々木暦は羽川翼に対して心を開いたように読めたけど、映画ではそれがない。 見た目めっちゃかわいくて、成績優秀だけど、なんか意味わからんやつという印象で終った。

全体的な雰囲気

常に阿良々木暦がボケているから、コミカルなテイストで文章は進んでいく。 一方、映画では、映像と音の効果もあって、完全にシリアスな雰囲気。 それが俺の思う物語シリーズのイメージと違うから、違和感があったのかもしれません。

本を読み直して思い出したが、「46億年寝かせて」のかわいさが映画では全く感じれなかった。

何よりもおかしいと思ったのがこの2つ。

  • キスショットとの出会い
  • 日に焼けるシーン

映画で最も力を入れているシーンの2つなんだけど、 このシーンを読んだときに感じたことや、後ろへの位置づけと全く一致しないんだよな。

キスショットとの出会い

小説を読んだ解釈では、俺は、最初から、徹頭徹尾、主人公がキスショットを助けるつもりだったんだ思っている。 ただ、人間より上位の存在である吸血鬼に対してすら、助けようと考える自分の異常さを自覚して、一歩下がり、 その後のキスショットの声を聞いて、かっこつけて死ぬことを決意するためにエロ本を捨てただけ。

映画では全然そんな風に思えない。 死ぬのも未練たらたら、相手は怖い。でも、なんかよくわからないけど、助けちゃった。それがドラマだからっていう印象。

日に焼けるシーン

小説では、何気なく外に出ようとして、焼ける。 でも映画だと、何か外が危険な感じがしながらも外に出て行くし、ものすごく高いところから落ちていく。 痛すぎて、身動きがとれないのではなく、重力か何かに負けて違う方向に飛ばされているように感じる。 そして、何よりもおかしいのが、キスショットがなんとかひきずりながら暦を運んだってわけじゃないところ。 こんなに力残ってていいのかって思ってしまう。

全体を通して

映画が力を入れいてる点と俺が力を入れて欲しい点が異なっていることはわかりました。 小説を読んでみても、後に繋がるシーンはちゃんと書いて欲しかったと思います。 改めて、俺はストーリ重視の人で、どんな改変をいれてもいいから、それでストーリがつながってい欲しいと思っているんだとわかりました。 映画は迫力おし、瞬間的なシーンおしだったので、こんなすっきりしなかったんだろう思います。

読みなおしてすっきりした。 明日から、またがんばろ。