竹林のゆとりブログ

山奥で生活し、日々の思いをつらつらと書くブログ。 IT、数学、アニメなど。

わかりやすいに対する苦言

風邪で頭がまわらないので、昔から考えていたことを書いてみる。

言いたいこと

どんな人にもわかる、簡潔な説明など存在しない

これを主張したいと思う。

世の中にはわかりやすく書くべきだという主張が多い。

しかし、30秒で誰もがわかるような説明ができるのか? それは不可能なのだ。

わかっている人がわかっている人に対して30秒で説明するのは可能だ。 しかし、わかっていない人には説明することは不可能なのだ。

それをプロセスをもって説明しよう。

わかっていない人に説明するにはだいたいこのぐらいのプロセスがいると思う。

  1. 相手が何かをわかっていないことを把握する
  2. 相手がどのレベルならわかるのかを把握する
  3. それから何をわかっていないかを予想する
  4. わかっていない人のレベルに合わせて詳しく説明する。

この4プロセスが必要だと思う。

相手がわかっていないことを質問するべきだと思うかもしれない。 しかし、わからない人に説明する場合、相手は何をわかっていないのか説明できないものである。

例をあげる。

{ G_{L/K}}

これをみて、ガロア群を想像できるだろうか? そもそも、ガロア群が何かわからない人がほとんどだろう。
そんな人に、ガロア群です。ガロア群とはK代数としてのLの自己同型全体のなす群です、と定義を答えたとして、それがどういうものかわからない。 なぜそんなことを考えるのかわからない。そもそも同じ、日本語しゃべってるのかわからないとなるだけである。

仮にそんな人にガロア群がどんなもので、なぜそれを考えるのかを説明しようとする。 だが、相手が多項式素数が何かわからないレベルであった場合、もはや、説明するのは不可能だろう。

ガロア群のニュアンスがわかるだけでも一日では厳しい。 まして、ガロア群を使えるようになるには年単位の時間がかかるだろう。

このレベルを把握し、レベルに合わせて説明するのは非常に難しい上に、何よりも時間がかかるのである。

この説明を聞きながら、わからない人がガロア群について何をわかればよいか想像し、必要なことを抽出することはほとんど不可能だということは納得いただけるだろう。 だから、わからない人に説明をする場合には上の4プロセスが必要なのである。

これは数学だからだと思うかもしれない。

それを違うと私は主張する。

専門家になれば、なるほど自分達の拘りが人に伝わらなくなるのである。

例2 音楽

音の分離感や、後ろになるリズムセクションの音が聞こえていない人にそれらの価値を説明するのは非常に難しい。 実際、わかっていない人の場合聞いても違いがわからない場合もある。

そんな人に、質の高い音を説明するのは非常に時間がかかる。

例3 プログラミングの設計

1手番多いことがどれだけ不快かわかっていない人間に、それを減らす努力をさせることは非常に難しい。

メタプログラミングの価値を理解するには、似たような処理を大量に書いてうんざりしたり、拡張性の高いライブラリを作成することの苦労が理解できた人であると思う。

趣味や授業で軽くプログラミングをしたことがある人では、その価値がわからないだろう。
そんな人にメタプログラミングの価値を説明するのは難しい。

その結果

きちんとわからせることを諦めて、『なんとなく』で終わらせるものが多い。
言い換えると、誰もが理解できる曖昧な表現で終わる。あるいは視覚的な表現で終わらせる事が多い。

例1 広告

広告をみて、実際にその中身(本質)がわかるだろうか? わかるのではない。広告が本質だと錯覚させるのである。

例2 PowerPoint

私はわかりやすく、しかも、深い理解に達することのできるPowerPointを見たことがない。 これは例をあげるとその人達も責めているようなので、あげないが、PowerPointもわかった気にさせるものである。

おわり

わからないということに対して簡潔にわからせることは不可能だという説明は以上である。

しかし、なぜか現在は深くわかる時間を取るのではなく、わかった気にさせるものを推奨することが多い。

長くなったので、今日はここまで終わりにする。

わかった気にさせるものが多いことに対する考察はまた今度書く。